『風の視線』(1963年)
原作は「女性自身」に掲載された松本清張の同名小説。媒体を意識してかミステリ要素は控えめで、代わりに昼ドラじみた複雑な恋愛模様が展開します。
園井啓介は岩下志麻と結婚したばかりなのに新珠三千代に迫る。新珠は園井の気持ちを理解した上で岩下を押しつけ、自分は人妻でありながら佐田啓二と「潔白」な密会を重ねる。佐田は新珠以外にバーのママを愛人にしているが、ノイローゼ気味の妻(奈良岡朋子)と離婚するまでには至らない。新珠の夫・山内明には岩下が同じ会社に勤めていた頃、無理やり身体を奪ったあとも交際を強要した邪な過去がある。だが岩下も、冷えきった夫婦仲のせいで寂しさを募らせ、園井への想いと山内への未練のはざまで揺れていた……。
この男女間を横断する「間違い」の積み重ねが、取り返しのつかない惨事をひき起こすかと思うと、肩透かしをくらいます。園井と岩下夫婦が新婚旅行中、雪原で自殺死体を見つけるけれど本筋とは結びつかず、夫婦仲の亀裂を軽く暗示するだけ。岩下が山内の眼前で不意にナイフを閃かせ、園井が山内に侮辱されて殴りかかるなど、一触即発の気配がそこかしこに漂うけれど誰もが踏みとどまる。社会的な保身、伴侶や嫁ぎ先への遠慮に縛られて静かに苦悶するさまには、苛立ちさえ感じさせる緊迫感があります。
山内の悪事が発覚するとようやく園井と岩下、佐田と新珠の煮えきらない二組のカップルも転機を迎えます。園井は岩下と山内の関係を知ったことで逆に愛情を深める。家に戻った岩下が台所に立ち、園井に背を向けたまま涙声で「これからもここにおいて下さる…?」とたずねる場面では、浮気しかけたのはお互いさまなのだからそれほど奥ゆかしくならなくても、とむず痒くも若夫婦がようやく和解できたことへの安堵に浸れます。
新珠はすべてを清算する決心をしてはじめて佐田と思いを遂げます。すぐにも離婚して佐田に身をあずけられないのは、目の不自由な山内の母親の世話をするため。この母親もまた、自分を犠牲にして由緒ある山内家を守るため尽力してきたという、「間違い」にさいなまれている一人です。新珠は佐田と二度と会わないと宣言して山内の家に帰ります。佐田もこれ以上想いをひきずらないよう、みずから地位も出世の道も捨てて佐渡に転勤します。しばらくして山内の母親が亡くなり、新珠と佐田が再び結ばれることをつげて物語は大団円に。おおよそ清張作品らしくない結末ですが、たまにはこうした「間違い」の呪縛から解きはなたれて相思相愛の幸福を得るというご都合主義もありだと思います。
ちなみに意外と出たがり屋さんな松本清張が、本作でも小説家の役で「特別出演」しています。三島や横溝あたりと比べると格段に芝居が上手い。バーで女の子を侍らせたりチークダンスを踊るなど、ちょっと俗物親爺めいた雰囲気にも惹きつけられるものがありました。
- 出版社/メーカー: 松竹
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