『深川通り魔殺人事件』

偶然見たら、あまりの鬱展開に死にたくなりました。終わったあと膝に震えが来た。
実際の事件の詳細はこちら。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/fukagawa.htm
ドラマは「放送批評懇談会月間ギャラクシー月間賞受賞作品」。佐木隆三のノンフィクションが原作。川俣軍司が通り魔殺傷を犯すまでの経緯を克明に描く。以下要約。
川俣軍司は実家の貧しさを嫌い、金の卵として東京に行くと寿司職人になる。だが容姿はまずいし無口な上に訛りも酷く、店では愛想がないと叱られ、仲間には格下と蔑まれる。憧れの先輩職人の真似して刺青を彫るが、それを客にまでちらつかせたため店を解雇される。その後は東京の寿司屋を転々とし、実家に帰って免許を取りトラック運転手になるが長続きせず。地元の連中が外車を乗り回しているのに何故自分だけがと不遇を怨む。暴行傷害事件や道路交通法違反などの逮捕歴を重ね、行き場をなくした挙句父親と同じ蜆取りになる。金回りがよくなると飲み屋で散財し、やくざにそそのかされてシャブを手にする。ナイトクラブのナンバーワンホステスに惚れこみ、ドライブに誘い首飾りを贈るが、彼女には既に夫が居り自分を騙していると知ると激昂。彼女がクラブの送迎バスに乗りこむところを待ち伏せし、ナイフで刺そうとして逮捕される。この頃から被害妄想が極端に激しくなり、麻薬の中毒症状も加わって幻聴に苛まれる。軍司自身はそれを「電波」と呼ぶ。男女の声が自分を嘲笑する、黒幕が居る、電波がひっついているんだ、と。
母親が死んだ後も職を次々変え、他の従業員からも気味悪がられる。金物屋柳刃包丁を買い、有り金が底をついたため職探しに明け暮れるうちに、とあるチェーン店の寿司屋に面接に行く。担当者は軍司の汚い格好と言葉遣いを不審がりつつ、カウンターとテーブルのどちらがいいかと聞く。だが時代の変化に追いつけない軍司はその意味が解らず、自分はテーブル向きだなどと応える。電話で結果を伝えるといわれ、当然採用されると信じながらも「電波」には絶対無理だと笑われ、それを振り払うべく包丁を身につける。翌日、公衆電話で不採用の報せを聞くと、直ちに兇器を持ち出し雑踏に向かう。
逮捕後、軍司は警察署内での現場検証に応じる。被害者役の婦警たちを刺す真似ごとを繰り返した後、刑事に反省しているかと問われ、軍司はにやつき応える。俺は侍だ、武士だ、反省する必要はねえ……。裁判での判決は無期懲役。理由は犯行当時、彼が心神耗弱状態にあったため。ラスト、江守徹のナレーションが締めくくる。川俣軍司のような人間を二度と出さないことが、この社会の被害者に対するせめてもの貢献ではないか……てな話。

結局、通り魔殺傷の場面は省かれているんですよね。実際の事件をモデルにしていること、テレビドラマであることを考えれば自然な流れだとは思いますが、警察署内で事件を再現する場面は充分不快。今なら「被害者感情を逆撫でする」と問題視されるのでは。というか、それを言うならこんな風に加害者を主人公にして生い立ちを語り、嫌でも感情移入を誘う劇に仕立てるのはイマドキ難しいだろうなと。
・救いは一点、刺青持ちの板前・小林稔侍の格好よさ。軍司が高倉健仁侠映画を観て喜び、それを板前に重ねうつしたために惚れこむわけですが、ここで稔侍を持ってくるのはなかなかニクイ人選だと思います。ちなみに。実物の軍司が映画館のスチール写真を展示したガラスを割った際、「雷蔵が気にいらなかった」と釈明したそうで。人柄がうかがえるというかなんというか。
・時おり新聞記事や当時のニュース番組を映して三島事件や成田騒動にふれ、軍司の人生とクロスさせることで時代の変化を語るという演出が功を奏しています。カウンターかテーブルかと聞かれてテーブルと応える、時代に取り残された軍司こそ憐れ。
・亡者の叫びみたいな男性コーラスが超絶怖い。でも、軍司が刑務所の壁にもたれて一人にたついたり、金物屋で階段に百円玉並べたり「電波」と会話する場面はもっと怖い。今後は大地康雄がいくら温和な善人を演じようが無視して、軍司の不吉な影を探すことになりそう。ついでに侍願望を抱く男性にも偏見を持ちそう、って実在すればの話ですが。