第338話「負けられないわ!嫁と姑 女の戦争」

(脚本 山浦弘靖/監督 土井茂/出演 三益愛子 川口恒 渚まゆみ 藤田みどり 前田吟 渡辺文雄 今井健二 草野大悟)
 一億もの財産持ちの婆さんは、マンションに長男夫婦と同居中、嫁のサチコとは犬猿の仲。大会社の係長である長男よりも次男坊、トルコ風呂の従業員ケイスケを「馬鹿な子ほど可愛い」と贔屓し、全財産譲ると決めている。ある日マンションにやくざが侵入、ケイスケを出せと迫るが、婆さんは彼をかくまう。が、嫁サチコはここぞとばかりにやくざどもに部屋の鍵を渡し、ケイスケ拉致の手助けをする。婆さんは憤慨、ケイスケさえ居なければ、自分らの懐に大金が転がりこむと考えているのだろうがそうはいかない、絶対譲らないと断言。
 ケイスケは、一億相当のヘロインを盗み隠した罰として、やくざどもが牛耳るロサトルコに監禁されていた。彼は上半身裸に剥かれ、天井から逆さづりにされて鞭打たれるが、ヘロインの在り処については黙り通す。婆さんが「泥棒するなんて」と嘆くが、遊ぶための金じゃない、母さんと暮らすための金が欲しかったんだ、との返事。婆さんは感激、絶対喋っちゃいけないと庇い、自分も鞭打たれる。ケイスケの恋人、トルコ嬢のミチコも「あたいにとっちゃ大事なお姑さんだ!」と、婆さんを庇う。やくざどもがミチコのぷりぷりした白い肌を責めさいなむ隙に、婆さんは非常ベルを鳴らして逃走、杉井君に救われる。「ガードマンもたまには役にたつよ
 婆さんはケイスケの部屋で寝こむ。杉井君が事情を訊くが、悪人からとはいえ麻薬を盗んだ罪を負う、ケイスケの身を案じて応えない。長男夫婦が来てもわざと侮辱し追い返す。気晴らしに、三味線がわりにギターでも弾こうとするが、音がおかしい。弦を直そうとすると、中からヘロインが。婆さんは杉井君の追及を避け、珈琲に薬を盛り眠らせる。やくざと取り引きするため、単身ロサトルコに乗りこもうとすると、嫁のサチコがあらわれ、ともにケイスケ救出に向かうと言う。半信半疑ながらも喜ぶ婆さん。
 婆さんはやくざの親分に、麻薬と人質の交換を持ちかける。親分は同意、ふたりの手下にケイスケ、ミチコ、サチコを同行させ、隠し場所に向かわせる。海岸に停泊するヨットから、やくざのひとりがヘロインを探ろうとしたとたん、別のやくざに撃ち殺される。彼、髭のやくざマサオは、驚くケイスケとミチコをも気絶させ縛りあげる。と、サチコが高笑いする。サチコとマサオは、密かに通じあっていたのだ。「ケイスケたちに一億をもっていかれてはたまらない」「こいつらはひとに好かれる性格だから憎い、殺してやるわ」舟底から浸水し、沈みゆくヨットにケイスケたちを閉じこめ、ふたりは海岸で抱きあう。マサオは「トルコ嬢より普通の主婦の方が全然いい」とウットリする。その隙にサチコは拳銃を奪い、容赦なく射殺。「誰がやくざなんかと」「女は世間体も金も欲しいのよ。普通のサラリーマンで充分」
 一方、親分はマサオの嘘を信じ、ヘロインが入手できなかった腹いせに婆さんを殺そうとする。婆さんは末期の水を飲みたいと懇願、水差しを口にふくむと見せかけ、親分の顔面に投げつける。同時にガードマンたちが乱入、やくざどもを残らず叩きのめす。高倉キャップと杉井君、婆さんは海岸へ急ぎ、溺死寸前のケイスケたちを救い出す。が、サチコがミチコを人質にとり、婆さんに銃口を向ける。「嫁にとって一番憎いのは姑。真っ先に殺してやる」そこへケイスケが立ちはだかり、婆さんを庇う。ミチコも発奮、滅茶苦茶に暴れるのに対し、サチコが怯んだ瞬間、キャップたちが取り押さえる。
 殺人を犯したサチコとともに、ケイスケも警察に連行される。情状酌量で早く出てこられるだろう、とキャップ。それでも母子は、しばしの別れを惜しみ、涙を流して抱きあうのだった……てな話。

大映の母、日本の母こと三益愛子川口松太郎との息子、現実でも次男坊の川口恒と共演。ラストは母物で名を馳せた三益らしく、川口恒をじしんの胸にひしと寄せ、お猿さんのように顔に皺寄せ、澄んだ涙を流す。感動的ではある。でももし婆さんが、息子たちにきちんと財産を分けると約束していれば、または仲良くしておれば、嫁がここまで憎悪し殺人まで犯すこともなかったかもしれないと思うと、素朴な美談にしたてていることに少々疑問が湧く。
ちなみに、一。関係ないがWikipediaの記述になにかこう、ぐっときた。

1976年、東映『横浜暗黒街・マシンガンの竜』で菅原文太の母親として親子でマシンガンを撃ちまくる麻薬強盗役を演じる。11月、紫綬褒章を受章。
三益愛子 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

ちなみに、二。長女の川口晶は第115話「死を占う少女」、長男の川口浩は第171話「情無用サラリーマン稼業」第182話「サラリーマン・殺人旅行」にゲスト出演している。当時の大映内には〈川口浩といえばサラリーマン、ようはぼんぼんっぽいがぼんくらっぽい平社員〉という共通認識でもあったのかね。
・杉井君いわく、母親があるやつはいい、がみがみ叱られたりビンタ喰らったりできて羨ましい、自分は五年前、母親をなくしたから……って唐突な告白。常日ごろ来歴、家族背景などてんで無視して物語に絡ませない『ザ・ガードマン』としては、貴重な告白である。肉親の死って、たとえば『特捜最前線』なら、主役の刑事たちのひととなりを深々とえぐり、後々まで引っぱるべきエピソードとして重視されそうなものだが。『特捜』のようにエレジーを流しつつ過去を回想するでもなく、会話のついでみたいなお喋りだけですますとは、そんな軽々しい扱いでいいのか……いいのだ。いくら劇中で母恋を賛美し推奨しようと、当のザ・ガードマンたちが家族サーヴィスに励んでいる描写はない。なにせ仕事第一ですから。それに前にも書いたが、ザ・ガードマンに感傷は似合わんのです。