『指』(1982年)

(原作 松本清張/脚本 八木柊一郎/監督 出目昌伸
火曜サスペンス劇場」史上最高視聴率を獲得した作品。
名取裕子は偶然知りあった松尾嘉代と恋に落ちる。二人は松尾のマンションで逢引を重ねる。だが名取は次第に松尾を疎ましく思うようになりある晩首を絞める。未遂に終わり一応和解したものの、翌日松尾は睡眠薬の飲みすぎで死んでしまう。数ヵ月後。名取は目黒祐樹と結婚。目黒が〈偶然〉選んだ松尾のマンションで暮らすことに。しかも以前管理人として二人を監視していた吉行和子が隣に引っ越してくる。吉行は名取が松尾を置きざりにしたことを詰り何度も脅迫する。名取は我慢できず凶行におよぶが…。
過去の罪が露見するのではと疑心暗鬼にかられた者が新たな悪事に手を染める。綻びを自らこじあける。『共犯者』(1958年)と同じパターンだが、特徴は同性愛が事の発端にあること。松尾は二人がはじめて逢った夜、さっそくものにしようと名取の手に真紅のマニキュアを塗った手を重ねる。一緒の寝台で寝るよう誘い、明かりを消すと「私たち会えてよかった…好きなようにして」といい裸で抱きあう。名取が松尾の額にくちづけすれば松尾は名取の指を吸う。だが名取が拒絶をしめすと途端に態度を硬くし平手打ちを浴びせる。飼い犬のチワワを殺せ、そのイヤリングは好きな女にもらったのだろう恩知らずめと執拗に絡む。この狂的な同性愛者を演じた松尾は「80年代サスペンスの女王」の称号にふさわしく、名取にねっとりと迫りながらも凛とした貫禄がある。
また吉行和子の悪女ぶりも良い。最初はひっつめ髪で文士のような丸眼鏡をかけた覗き魔のおばさんとして登場するが、新婚の名取を強請るときにはおかっぱ頭に和服の未亡人になっている。松尾を模倣するようにマニキュアで飾った手を名取の手に重ね、金だけでなく肉体関係も要求する。常に皮肉な笑みをはりつけ、隙あらば名取にべたべた触れて毒気を吐くおぞましさは見事。
もちろん主演の名取も二人に劣らず胸をさらし松尾を押し倒すなどの身体を張った熱演をみせる。吉行を巻尺で絞め殺したあとますます情緒不安定になり、チワワを床に叩きつけて殺害(この憐れなチワワ、バスケットにつめられている間じっと動かずにいるのが本当に死んでいるようで不気味)。次いで刑事(福田豊土)には犯罪の証拠、麻痺した指を見破られる。それは吉行を殺し又松尾の指と触れあった、逃げきれない過去の軛である。パトカーで連行される名取にエンドクレジットが被さる。薄く唇をひらいた茫然自失の表情にはホステス時代と違った生々しい妖艶さがある。ちなみに主題歌は岩崎宏美聖母たちのララバイ」。
名取は若いころ外国人と交際していたことがあり、北海道で彼を待つ場面では質素な生活ながら喜んで懸命に生きる姿が描かれていた。目黒との関係もいたって普通に幸福なものだ。だが松尾にひきずりこまれた同性愛の世界は男女のそれと違い、異常な見世物としての役割が与えられている。偏見か三面記事的興味から生まれたような浅薄な設定だがここは目をつむるしかない。名取と松尾の脂っこくも美しい抱擁が救いだ。また目黒が松尾のマンションを新居に選ぶという偶然は天の裁きというべき強引さがあって面白い。偶然の連鎖を断ち切り忌まわしい過去を葬ろうとして更に深みにはまる。この人間の悪あがきを描くことこそ清張作品の醍醐味といえる。
名取裕子が清張作品について語るインタビュー。
http://mytown.asahi.com/oita/news.php?k_id=45000240901030001
2006年版。ネットの評価をみるとこちらの方が過激らしい。

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