『最後の自画像(「駅路」より)』(日本映画専門ch)

脚本・向田邦子。演出・和田勉。このコンビのNHK制作ドラマというと、メヘテルハーネのテーマ音楽が印象的な『阿修羅のごとく』でしょう。向田ドラマのマイベスト。久世なんざ知らんよ、という。『最後の自画像』にも『阿修羅』の四人姉妹のうち、いしだあゆみ加藤治子が出演している。愛人と妻役。清張の原作を読んでいないため、どれくらい向田が手を加えたか、具体的にはわからない。でも、蒸発する前の夫と妻のやりとり、刑事の妻の愚痴、夫の裏切りを知った妻が暗い部屋で瞬きもせず坐り、床には自分が叩き割った壜から乳液がこぼれている……などの日常の細部の絶妙なつめ方は、いかにも向田テイスト。角田光代もテレビで、向田を好きなわけは、床に落ちた男の爪の堅い感触、それが足の裏に刺さるときの痛みを書いたからだ(大意)と語っていた。些細なものごとを逃さずすくいとることで人情の機微を描く、というのは角田さんの小説の醍醐味でもある。余談。夫を待つ加藤のほつれたひっつめ髪、色を失った頬と唇は痛々しいが、化粧品のセールスレディに化けた愛人と会ったあとでは、ピンクの口紅をべったりと塗りつけ、華やいでみえるのがいっそう憐れな感じ。広島行きの夜行列車のなかで目黒祐樹が駅弁を食べ、喉につまらせるあたりも良い。目黒は嫌味な役を演じても兄貴ほど毒気がないのが好きだ。取調室で吉行和子が煙草をもらい、ぼってりとした唇にくわえ悪びれずに吸うところなど、魅了された場面をあげたらきりがない。想像どおりの傑作だった。
ところで偉そうなことをいいつつ、向田ドラマを胸張れるほど多くみたわけではない。それでも共通していると思うのは、不倫をした人物が最終的には家に帰ること。日常から逸脱したいと願いながら、結局は元の場所(家庭)にとどまる。裏切りはしても決して家族を離さず、ずるずると関係を続けようとする、ってファンには常識の側面か。このドラマでも夫は、愛人と新しい人生をやり直すことなく死に、妻のもとへ帰される。清張の原作があってもこの点は一貫していて凄いと思う。