タニス・リー『悪魔の薔薇』

「現代のシェヘラザード姫」の異名をとるタニス・リーの短篇集。
「別離」。吸血鬼は普通、不老不死の身体を持つ妖美な怪物として表現されがちだが、この小説に登場する女吸血鬼は、全ての生き物と同じく醜く年を取る。さる高名な吸血鬼と違い、人間を襲うこともなく首には十字架を飾り、時代から取り残された貴族として人里離れた屋敷で暮らしていたが、今や精神も欲望も衰えた。彼女が遠い昔に血を分け与えた、従者の男もまた寿命が尽きかけていた。彼は自分の身代わりを捜して街をさまよううちに、若い男娼と出会う。従者は男娼の宿命を見ぬき、女吸血鬼に引きあわせる。女吸血鬼も、従者の自分に対する恋心を知りながら、男娼の来訪を歓迎する。男娼ははじめ、自分のようなごろつきをもてなすのは単なる貴族の戯れだろうと反発するが、次第に女吸血鬼におびえ、魅了され、心ならずも支配下におかれる。あるとき彼は、裏社会における揉めごとが原因で重傷を負う。女吸血鬼は彼に、自分の血を飲ませて同族にする。そればかりか生気に満ちた美貌と銀色の輝きをとり戻す。一方従者は、彼女の劇的な再生を喜ぶ。ひとり年老いたままの彼は、新しい恋人たちの沈黙を聞きながら、穏やかに闇の中を突き進んでいく……。
同じく吸血鬼を扱った耽美なロマンス『ポーの一族』の場合、主人公は永遠に年を取らない綿帽子のような少年少女たちだが、この「別離」では年老いた吸血鬼カップルという、ロマンスとは無縁そうな組みあわせ。それでも〈やがては引き裂かれるふたりの運命〉という主題、小刻みに散りばめられた華麗な比喩、場所や時間を伏せることで小説世界全体を現実から遊離させるなどの仕掛けが、この幻想的な恋愛譚を盛りあげている。物語は主に、女吸血鬼を愛する従者に焦点があてられている。彼と彼から見た女吸血鬼の心の揺れ、輝かしい過去の回想、それをなし崩しにする老いの哀しみを精緻に描きだす。新たな恋人と血を分けあうことで何度でも再生できる吸血鬼と、所詮は有限な生しか持てない吸血鬼モドキである従者の仲には、別れが運命づけられている。だが従者は、決して嫉妬や悔しさをあらわにせず、積極的に女主人へ忠誠を尽くす。昔の自分と同じ腐肉喰いの男娼に後を託すと、吸血鬼モドキだからこそ得られる死の平安を受けいれる。反復の輪からひとり脱落し、女主人が二度と振り向かないとしても、自分の一生に満足して潔く身をひく、従者の静かな情熱に胸打たれる。彼の最後の述懐が美しい。「なんと彼女を愛していたことだろう」。

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)