西条八十『人食いバラ』

毛糸玉売りのみなしご英子がひょんなことから大金持ちの元男爵の後継ぎとなる。会ったばかりの老い先短い元男爵から全財産を譲ると言われ困惑する英子。彼には姪の春美という美少女が居たが、春美は浪費家なうえ「おそろしい病気」に罹っているため後継ぎに適さないのだという。だが英子は評判と違い自分に優しく接する春美に好意を抱く。ふたりは実の姉妹のように仲よく暮らそうと誓いあうが、春美には秘めた思惑があった……。
怪奇趣味に満ちた舞台装置とそれを更に煽るおどろおどろしい挿絵が魅力的な少女小説。殺人狂や伝染病、無数の蛇といった虚仮脅し、旅情ミステリめいた観光名所の紹介、ラストの驚愕の正体晴らしなどもおもしろいですが、なにより清純な英子に禍々しい殺意をぶつける「人食いバラ」春美の冒険に惹かれます。春美は虫や鳥、元男爵の飼っている子犬を無意識のうちに虐め殺すという「おそろしい病気」にとり憑かれており、今度は自分の代わりに後継ぎとなった英子を滅ぼすべく暗躍します。車で轢き殺し損ねると精神病院から殺人狂の医学博士を脱走させて英子を襲わせる。江ノ島では海へ突き落とそうとし、別府温泉では天然痘に感染するよう工作する。その間語り手は英子そっちのけで春美の心情を明かし、彼女の残忍な行動に読者の感情移入を誘うよう、前面へ押し出しているのも異様です。一方の英子は春美が元凶だとは思いもよらず、数々の危難に遭うのですが、そのたびに謎の用心棒、片腕の不自由な老人石神が現れて彼女を救います。彼の正体こそこの物語最大の鍵。春美が英子をヘビ倉に監禁しようと企んだのを知り、逆に機械仕掛けのマムシに春美を責めさせるといったタチの悪い真似もしますが、全ての謎がとけた後は、彼の春美を愛するがゆえの凝った芝居に呆気に取られつつ納得し晴ればれとした心地になります。余談。ふたりの少女の対立や蛇責めなどから、映画『蛇娘と白髪魔』(1968)を思い出しました。解説によれば、監督の湯浅憲明も本作を映像化したいと語っていたそうです。これも納得行く話。

蛇娘と白髪魔 [DVD]

蛇娘と白髪魔 [DVD]