戸川昌子『深海怪物の饗宴』

金と女をめぐり暗躍する男たちを描いた官能小説。
あらすじ。大兵産業会長・大場はケーブル省の利権にありつくため局長の池野に近づく。彼の道楽である作詞作曲の成功をはかり、プロの歌手を育てようとする。選ばれたのは大場の秘書・石谷の姪の根々子。彼女はふたなりの美少女で、芸能事務所は「ゲテモノ」として売りだそうとする。大場たちは金をばらまき、彼女や他の女を惜しみなく仕事の駆け引きに使い、性の饗宴に耽る。だが、この計画の裏にはある陰謀があった……てな話。
一応「官能ミステリ」に分類されるようだけど、終盤まで主要な人物は誰も死なない。謎めいた陰謀が死の背景にあるといっても、さんざん描かれる社会風刺の延長に過ぎない。あくまで適宜に配置され、繊細に描写された「官能」の部分を愉しむ小説。同時に語り手は、内面の幅を失い道徳を無視し、欲望だけを剥きだしにした人々を揶揄をこめて追う。その冷めた視線を終始くずさないのが良い。裸の女をピアノの鍵盤にのせて演奏する、美容体操と称してピラニアが泳ぐ水槽のうえで女が大股を開くといった場面も、その突拍子もない発想より、男たちのうろたえぶりがおかしい。他人のセックスはフツウでも倒錯的でも、笑えることに変わりない。
あと官能小説においては、いかにレトリックを思いつき、駆使し、読者の欲情を刺激できるかが要点となる。慎み深く詩的に、または誇張まじりに言葉を置きかえることで、性戯のくりかえしばかりで停滞しがちな物語に、ちょっとした彩りを添えようとする。この小説では、人並みはずれた欲望を抱える男女を「深海族」、彼らがうごめく裏社会を「水族館」、陰毛を「海藻」、肥大した陰核を「貝」と呼ぶなど、海や海洋生物にまつわる隠喩が頻出する。だが男性器は「生殖器」と素っ気なく呼ばれ、登場する男たちも不能者だったり肝心なときに萎えたり、なによりフツウとされる性戯の場面が少ないためあまり活躍しない。代わりに女性器には山芋、札束、氷がつめられる。快楽に悶えるさまを客にみせるよう訓練された女たちは、それらのモノと一体化したように超然と受けいれる。金儲けと女遊びに明け暮れる脂ぎった男たち同様、類型的な「眠れる美女」。ふたなりの美少女までが、せっかく興味ぶかい設定を与えられ、同性愛や近親相姦まで経験しても生彩を欠くのが難。官能小説のヒロインとしては、上出来な優等生なのかも知れないけど。ただ彼女が料亭のおかみと抱きあい、足のあいだにすりこぎを突き刺す場面は、直後の主人公と上司の気まずい対面の滑稽さとあいまって痛烈だった。