笙野頼子「海底八幡宮」

『おはよう、水晶』の感想でもふれた、笙野頼子「海底八幡宮」(「すばる」2008年10月号)を再読。語り手は金毘羅。身体のなかに巻き貝を抱え、ときに頭から蛇が生える権現。この巻き貝は、横たわり丸まる姿がそっくりな、いまはなき猫の魂かと。つまりは自己内他者であり神。「彼」という相方もいる。南方の海から来たハイブリッド霊魂。性別もキャラも個体数も定まらない多声の持ち主。少々口の悪い説教魔。「天孫」に捕獲され名を変えられ、内面をなきものにされるなどの虐待の歴史を説く、キレた語りが圧巻。「天孫」の略奪・捏造なんでもありな負の構造は、金毘羅を訴えると脅す評論家、賞で釣る「白山黒尼」にも引き継がれている。というか、どいつもこいつも「天孫」そのもの、他者の声を踏みにじるのがさがのようで。にしても謎の先輩女性作家・黒尼が良い。これまでの作品に登場し、主人公を苦しめてきた妖怪やゾンビのお仲間らしく、常に高みに立って上品ぶり嘘をつく。他の作家まで侮辱し、病や落選といった不幸を笑う。次はどんな配慮に欠ける言動を垂れ流すかと、金毘羅には悪いが思わずわくわくした。また、女神が宿るブロガーが導く、夜の旅の浮遊感もすばらしい。異界からの声の賑わいに対し、時折はさまれる飼い猫の闘病(老)記の、生も記憶も現世にとどめておくため事細かに語ろうとするような、もの静かな誠実さも胸をうつ。「おんたこ」三部作のような大作ではないけど、神話の再解釈による解体、その終わりなき作業(といっていいものか…)のひとつの道すじとして、もちろん猫たちの「戦いの記録」としても、みのがせない小説だと思う。