萩原健一『ショーケン』

いまさら読んだ。昨年話題となったショーケンの自伝。懲りない女遊び、アル中と麻薬中毒、完璧主義的な演技へのこだわりにはただ圧倒されるのみだけど、クロサワ、勝新、倉本ソー、優作、勘三郎らのどこかトチ狂った身ぶりに、注意深く冷めた「視線」を送るショーケンは、やはり過剰なまでに繊細で、まっとうであろうとする人なのだなと……ちなみに。いしだあゆみ倍賞美津子はともかくとして、江波杏子范文雀ともつきあっていたそうで。女Gメン喰い。酒豪・江波さんには、シルヴァーナ・マンガーノを思わせるエキゾチックな魅力があり、『女賭博師』シリーズの頃から惚れていたと。個人的にはいちばん驚いた無駄話。
ショーケンじしんへの興味は薄いため、他の「登場人物」に関してメモ。
・『前略おふくろ様』で共演した田中絹代について。

「お母さん(注:田中絹代)は溝口健二小津安二郎黒澤明と、名匠や巨匠のみなさんの作品に出ていらっしゃいますが……」
「はい」
「そのお、どうでした?」
「みなさん、同じですね。あの方々は、人の魂を食べて生きている。人の魂を食べてね、そういう方たちですね」
(略)
「溝口には、あたくしね、驚いたことがあるんです。『西鶴一代女』でね、歯を全部抜きまして、断食をさせられました。それでお腹が空いて、お腹が空いて、あたくしが、どんどん痩せていく、どんどん痩せていくと言うと、溝口が喜ぶんですね。本当にねえ、餓死寸前でした。そうして、全部終わりまして、クランクアップをしましてね。おいしい鰻を食べに行ったんですよ。そのあと、アフレコに行きまして、一声、出したんですね。そうすると溝口が一言……」
「一言、何ですか?」
「食ったなあ」
「……どう思いました?」
「怖かったですね。溝口には、すぐにわかったのだと思います」
田中絹代さんが断食をやめたことで、それまで張り詰めていたものがいったんゆるんでしまったことが、溝口監督にはわかったんだね。

・『八つ墓村』で共演した渥美清の「哀しみ」について。または死者としての寅さん。
八つ墓村』は「ヒットはしたけど、変な映画だったぜ」。監督の野村芳太郎は、本番まではパチンコをして遊んでおり、川又昂が監督を代行していた。リハーサルを終えるとようやく野村監督が登場、ショーケンは内心呆れていたようで。脚本の不自然さを指摘すると、渥美清は「いや、最初っから変なんだよ。だってさ、おれが金田一耕助やってんだから」。
『遺書配達人』が公開されたときのこと。

渥美さんが、
「あなたのご主人が亡くなりました」
と、未亡人に遺書を渡す場面で、お客がみんな笑っちゃうんだって。泣かせなきゃいけないところで、客席から笑い声が聞こえる。
「ガッカリしたな。おれが出てきて、真面目にやると、みんな寅さんになっちゃう」
渥美さん、そう言っていました。
「何たって、おれはみんなの寅さんだからよ」
あの言葉には、渥美さん自身にしかわからない哀しみがこもっている。

その後も交際はつづく。

共演してから十年以上経って、倍賞美津子さんとつきあっているころには、彼女とふたりで招かれたこともある。渥美さん、その別れ際、
「健ちゃん」
とニコッと笑って言うのです。
「いいねえ、不倫は」
そう言って、いつものようにスーッとその場から消えてしまいました。

ショーケン

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