続・野間文芸新人賞受賞記念対談「弱さに寄り添う音楽と小説」

松浦理英子さんと津村記久子さんの対談の続き。既存のアクション大作路線とは異なる、人間ドラマ重視のアメリカ映画では、「弱いというか煮え切らない男の人」を描くことが主流になって来ている。なかでも『ゴーストワールド』が好き。

松浦 『ミュージック・ブレス・ユー!!』を読んでいて「ゴーストワールド」を思い出したんです。あれはいい映画ですね。もてないアナログレコード・マニア役のスティ−ブ・ブシェミもすばらしいし。
津村 ブシェミの弱さ。お父さんも面白い。
松浦 女の子二人のはみ出しっぷりもいい。
津村 「ゴーストワールド」の何がすごいかというと、クスリもやらないし、酒も煙草もあまりやらない。わかりやすい反抗アイテムみたいなものがないんです。セックス中毒とか男の間をうろうろするとか、そういものとも違うんですけど、あの女の子の存在そのものがアナーキーというか。

津村さんが書きたいと思う「恋愛っぽい話」。というか〈老い〉の話。

津村 (略)私は今三十歳なんですが、妙に同い年の人に関心があるんです。サッカーが好きなのでサッカー選手でも、あるいはミュージシャンでも、同い年の人にやたら共感してしまう。それは、これから一緒にダメになっていく人という感覚なんです。一緒にダメになるといっても退廃的な意味は全然なくて、ただこれから同じような時期に体が悪くなるとか親が死ぬとか、一緒に人生のしんどい面を見ていくもの同士という感じです。そういう男女の恋愛小説を書きたいとは思っています。『カソウスキの行方』にもそういうニュアンスはなくはないんですけど、あまり突っ込んで書いてないですし。
松浦 あれはむしろ恋愛を相対化したようなもので、面白い着想だと思いました。

松浦さんが語った「ギャグ・パートナー」という生き方に津村さんが同意。
同性愛者/異性愛者だからといって、必ずしも一緒に暮していて面白い同性/異性の相手とつきあえるわけではない。セクシュアリティー中心に考えるのじゃなく、お互いに喋っていて楽しい・ギャグを磨きあい笑わせあえる相手を選ぶこともアリだよね、と。
性の魅力は大きい、それは否定しない。でも関係性をつくるのは性だけではない。

津村 いろいろな人間がいるわけで、セクシュアリティー中心に生きている人もいれば、お笑いが中心という人だっている。セクシュアリティーがあったとしても、私が言ったことにめちゃくちゃセンスの悪いかぶせ方をして悦に入っているような人だったら嫌じゃないですか。
別にお笑いコンビを目指していたとかではなくても、本当に面白いやりとりをする男の人同士がいますし、話がすごく上手な女の人たちもいる。それが、恋人とか夫婦の関係に劣るとはどうしても思えない。等価ですよ。だからギャグ・パートナーという発想は画期的です。

再び音楽の話題に。
「もし音楽がなければ、たぶんどこかで死んでいたと思います」と、津村さんは言い切る。PJ・ハーヴェイの歌詞への共鳴。「ミュージシャンの文学的才能はピンキリ」説。プリンスも呆れているけど、世間って人間を規定することが好きだよね。おまえは黒人か白人か、ゲイかバイか、もしくは恋をしろとか結婚しろとか子供をつくれとか。すぐに訴求してきてウザイ。『犬身』の房恵さんが犬になりたいと思おうが、音楽しかなかろうが何でもいいじゃないか、と。
ここからまとめに。津村さんがSF小説などを本格的に読むようになるのは十八歳ごろ。中学一、二年まではラノベを読んでいた(ロードス島とか。時代)。そのあと音楽にはまってラノベを読まなくなったが、音楽雑誌だけは隅から隅まで目を通していた。松浦さんの文章をはじめて読んだのは「ロッキング・オン」のレビュー欄。

津村 すごく熱い時期に読んでいましたから。音楽を聴き始めて十五年ですが、一番いい時期に聴き始めた。高校二年の始業式にニルヴァーナカート・コバーンが自殺したというように、本当にただ中にいたという記憶があって。音楽が当時の私にとっての物語だったので、それ以外は必要なかったんです。
その後二十歳のときに、松浦さんのエッセイ集『優しい去勢のために』を読みました。当時は、女の子の尊厳を貶めるようなおたく文化が見ようとしなくても目に入るようになってきていた頃で、それに追従する女なんかも現れてきて、男も女も嫌いで、誰も信じられないという状況だった。そんなときにこの作品を読んで本当に救われました。女は男をレイプするとか、両性具有についての、あまりにも性を飽食しすぎていて醜いという考え方には目を開かされましたし。私はその延長線上にある書き手だと思うんです。
松浦 それは思いがけないお話ですが、たいへん光栄です。津村さんの小説は一見シンプルなようでいて、音符がたくさん入ったとても豪華な小説だという気がします。何よりも闘う女の心意気に満ちている。津村さんの登場に私も大いに励まされました。今後ともご活躍を期待します。