エミール・ガボリオ『ルルージュ事件』他

酒井忠康編『槐多の歌へる 村山槐多詩文集』
水木しげるのあの世の事典』
パトリシア・ハイスミス『動物好きに捧げる殺人読本』
エミール・ガボリオ『ルルージュ事件』
大大阪モダン建築』
水木しげるのあの世の事典』。古今東西、民間伝承や宗教、文学作品などに描かれてきた「あの世」を水木しげるが「散歩」する。その感想。

さて、散歩を終わって感ずることは、どうしたわけか、地獄についての想像が、かなり迫力があり、多彩だが(もっとも、宗教の宣伝ということも手伝ってのことであろうが……)、天国とか極楽のほうは、ほとんど驚くようなことが何もないというほど貧弱なことだ。
きれいな川が流れ、美女がおり、食物がたくさんあり、働かなくてもよい……といった程度で、わざわざ読むほどのこともないくらいだ。

水木しげるは、この世こそ天国かもしれないという。金があればなんでもできるし、平和に暮らすこともできる。でもそうなると、この世が天国ならあの世こそ地獄である、と自然に決まってしまいそうで怖い。地獄と違って途方もない意外性などない、貧弱で退屈なくらいがちょうどよいこの世にしがみつきたい、と月並みに奮い立ったり。でも次々と再現される地獄絵図をみると、確かにアトラクション的で楽しそうだなーとかマゾ的に思う。
『動物好きに捧げる殺人読本』。象、駱駝、犬、猫、豚、鼠、馬、鶏、猿、ハムスター、鼬、山羊が人間を殺す。人間にけしかけられることもあるが、大抵は自発的に踏みつぶしたり角で突き殺す。動機も虐待への怒り、友達を殺された復讐といった人間臭いなど納得しやすいものばかり。鼠だけが罪のない赤ん坊の顔を齧ったりするが、それも差別に抗する勇敢さの証明。標的ズレてるけど。なぜかゴキブリだけが皮肉屋の紳士面して、世界(といってもホテル内)と人間を観察するのみ。おまえは吾輩猫かと。
『ルルージュ事件』。「世界初の長編ミステリ」。ヘイクラフトの評論を読んで名前だけは知っていたけど、今回が本邦初完訳だとか。関係者の証言で謎がほとんど解けるし、語りに工夫もない。科白と思弁の少ないやつが、気の毒な善人か、事件を起こした卑劣漢のどちらかであるとすぐわかる。おもしろいのは、主要な登場人物たちがみんな恋愛でうじうじ悩んでいること。フランス古典だからか知らんが、恋愛に価値をもたせすぎ。警察への協力を道楽にしている、イイ歳した爺さんまでが、実の父親に騙されたせいで婚期を逃しちまった、などと本筋とは無関係なところで嘆く。このうじうじに加えて、点景人物があれこれとしゃしゃりでてきては脱線を誘うため、真相は手もとにあるのに迂回をくりかえすようで、冗長な感じは否めない。でもオースティンみたく、善男善女が結婚してハッピーエンド、というのは一貫していてよかった。普遍的な恋愛小説として読むほうが似つかわしいかも。

ルルージュ事件

ルルージュ事件