森村誠一『生前情交痕跡あり』

森村誠一『生前情交痕跡あり』。主人公「日高」は妻「晴子」の不倫を知りながら、大会社社長の娘婿という劣位にあるため叱責できない。さらには妻が情事を終えて帰宅した後も「夫婦の営み」を激しく求めてくるのに一々応じなければならない……という屈辱的な場面なのだけど、これが単なるセックス描写より即物的なエロスがあるというか、実際ありえるか否かに関係なくバカバカしくて劣情そそるというか。

 ある夜のことだった。うっせきした憤懣と共に欲望を妻の体内に排き出した後、彼女の体内から異物が吐き出された。異物感に指先で探った日高ははっとなった。
 それはゴムの避妊具であった。彼は行為の間そんなものを身体に装着したしたおぼえはない。一瞬全身の血が逆流した。妻は不倫のパートナーとの情事に際して使用した避妊具をそのまま体内に留めておいて、夫との行為の後に吐き出したのである。
 妻はそのことに気づいていない。
(略)
 だが他の男との情事に使用した避妊具を夫との行為の後に排き出した晴子は、日高をこれ以上はない形で辱めたのである。日高はその屈辱を決して忘れまいとおもった。

排き出す、とは作家特有の表現なのだろうけど(『青春の証明』にも出てきたような)、これでは男の性欲がごみ屑みたいだなと。相手や状況によって綺麗な性欲、汚い性欲と分別(書きわけ)されてたりして。あと、一方的に吐き出される側の女がなにものかを吐き出しつつ泰然としているさまは、避妊具でなくともグロテスク、且つ男の神経を逆撫でするものなのかも。