『クローバーフィールド/HAKAISHA』『ミスト』

先々週、先週の土曜と上記の映画をダンナと観に行き、鬱になってしまいました。
ひとつは怪獣映画、もうひとつはスティーブン・キング原作、なにやら宗教批判が主題らしい、としか前情報をもっていなかったため『ミスト』の序盤、スーパーの若い店員が怪物の触手に腹をめくられる場面で(あーホラー嫌いのダンナに悪いことしたなー。まあ解ってたけど)と、罪悪感にみまわれました。とはいえ、あとでダンナ、「食欲なくしたわー」などと言いつつ、にんにくたっぷりとんこつラーメン食ってましたけど。
以下、ネタバレ注意。
クローバーフィールド/HAKAISHA』は、ひたすら揺れる画面に酔い、破壊者によって橋が落とされ大勢の人間が呑まれるところで吐き気がきわまり、あとはときどき眼をつむりつつの鑑賞、それでも音だけでも酔って胃が痛み、暗闇をいいことに腰くねらせベルトをゆるめざるをえないありさまでした。ただ主人公たちが地下鉄を歩く途中、女性が蜘蛛のような怪物に噛まれたのち、眼から血をたれ流し看護士たちに隔離される場面は、よかった。個人的には怪物というか、自分たちの理解の範疇を超えた存在と接触すると人間は人間でいられなくなる、身も心も、なにものかに侵食されのっとられてしまうという状況ほど、恐怖をおぼえるものはない。これは、幼少のころ観た『ゾンビ』『マタンゴ』なんぞに起因するのでしょうが、生だけでなく死さえも徹底的に凌辱される――噛まれたものはもしや、醜悪な変貌をとげたのち身近なひとたちをも襲いかねない、同類を増やすべく、肉を血を欲して無闇に噛みちぎりかねないというおぞましい事態を予感させる、といっても、そこまでは劇中で描かれていないため、単なる妄想に過ぎませんが、それは破壊者(「巨人」)が撮影者をひょいと潰す、一瞬で死に至らしめることとすらもう、比べものにならない。
『ミスト』もまた、ハエだかトンボだかようわからん巨大昆虫に噛まれ、顔半分ぱんぱんにふくらんだ女性がふいに眼ひらき、恋人の兵士を襲う、というショッキングな情景を期待していたのですが、願いかなわず残念。『クローバーフィールド/HAKAISHA』の若い主人公たちは、仲間の恋人を救出するべく危険を承知で被災地(?)に乗りこむのですが、たかが男女のこじれた恋愛でなにもそこまで、互いに関係浅いひとまでついていかなくても、とどうにも行動が説得力に欠ける。
が、『ミスト』の場合は親子の絆、これはへたな恋愛やら友情と違ってほころびなし、いやおうなしに説得させられてしまう類のものです。まさに無敵の泣き・共感要素。
また、田舎のスーパーという閉鎖的な状況、怪物の実在を頑なに信じず身勝手に外へ出るひとびと、パニック映画につきもの(?)のプロフェッショナル・射撃の名手(!)、集団を煽動し亀裂をはしらせ、じしんの不機嫌のおもむくまま生贄を欲する宗教狂い、自殺、発狂などなど〈定番〉といいたくなるような、ある意味ベタな物語、図式にささえられている。それでも、怪物の気色悪さと崇高さを同時に、存分に堪能できただけでよし。気色悪さの頂点は薬屋で、蜘蛛の糸にとらわれた兵士が過ちを悔いたあと身が裂け、無数の蜘蛛の子を散らすところ。崇高さを感じたのは終盤、スーパーから逃げだした主人公たちがふと車をとめ、霧にまぎれてつぶさには実態が見えない、怪物というより怪獣と呼びたくなるような脚のながいなにものかが地響きたて、道を横断していく、それを主人公たちが呆然と、だらしなくくちをあけて見あげるしかないところ。こいつに限らず破壊者、ゴジラでもよいですが、べらぼうに巨大な人間以外の存在というものには崇高さ、畏敬の念を感じざるをえない、それこそ神のように、というのも陳腐ないいぐさでしょうが……昆虫同様、むらがるしか能のない人間の卑小さ醜悪さをこれみよがしにあばいたあとでは、ただ獲物をもとめて悠然と歩を進めているだけらしいその破壊者が文字どおり自然らしく、美しく見えたとしてもおかしくはないと思います。接触を避け、遠く離れた場所から見物するばかりで、ついでに霧によって全貌をさえぎられているかぎりは。
追記。二本とも帰宅したのちすぐ、黄金週間に集中放送された『ウルトラマンタロウ』の録画を魔よけがわりに視てこころ落ち着かせました。ホラー嫌いはわたしも同じ、でもついつい、井戸の底だか瓦礫の下を覗きこんでみたくなるのです……つうか一瞬、飼ってる子猫にすら淡い恐怖を感じたのは、さすがに自分でも自分がやばいと思った。でも、人間も恐い。自他とも恐い。逃げ場所のなさに悶死しそうだ。