『大いなる幻影』&『時代劇への招待』

戸川昌子大いなる幻影
女装した男の事故死。占領軍少佐の子供の誘拐事件。このふたつの奇怪な出来事が、年老いた女たちが住む「K女子アパート」に、何重にも錯綜した悲劇をもたらす。住人はみな身寄りなく、みじめで猜疑心が強く、頭がおかしい。一見幸福そうな未亡人は部屋にこもり、記号と数字と猥雑な言葉がいりまじった意味不明な原稿を書きつづる。「西洋乞食」めいた老婆はごみを漁り、魚の骨をしゃぶるのを日課とし、自分と同族の女を脅す。音楽教師は過去の恋愛にとらわれ、その象徴であるヴァイオリンを盗んだ泥棒の部屋に放火、はては不審な自殺をとげる。元国語教師もまた暇をもてあまし、教え子たちにはた迷惑な手紙を送りつけるうちに、ある住人が誘拐事件に関わりがあると知る。他にも新興宗教の教祖、醜悪な一寸法師の巫女、裏ですべてを操る覗き魔が、アパートじゅうに不穏な「空気」を醸しだすべく暗躍する。女たちの密室は、建物移動工事によって自然に崩壊するが、一連の騒ぎを起こした首謀者が、犯した罪の「幻影」から解放されることはない。
戸川さんの他の小説にあるような、これみよがしなエロは全然なし。近親相姦、同性愛、ピラニアの水槽のうえで股開きプレイがないなんて(不倫はあるケド)……「女の園」だから男はほとんど登場しないし、婆さんたちの欲望も、性愛よりかは〈人を押しのけてでも自分の名誉を回復したい〉〈廃人同然の生活は嫌、生きがいがほしい〉てな方に向いているし。家族愛ならあるが、これまた常軌を逸しており、女は肉親の成功を願って殺人も辞さない。すべての元凶は、女たちに〈誰からもみすてられた〉と思いこませ、不遇へのむかつきや孤独感ばかりをふくらませる、死を前にした絶対的な退屈さなんだろう。謎解きよりも退廃的なムード重視のミステリ。
・六人のチャンバリスト『時代劇への招待』
有名どころしか知らん、もうホンツに無知なもので、おべんきょうのために。
六人のチャンバリストの構成者は、逢坂剛川本三郎菊地秀行、永田哲朗、縄田一男宮本昌孝といった評論家や小説家。座談会では「時代劇鑑賞のポイント」、作品・監督・俳優のマイベストを語って盛りあがる。マニアの集まりなので、「比較的地味」な作品もとりあげる。『斬人斬馬剣』『十兵衛暗殺剣』『股旅・三人やくざ』『忍びの卍』とか。最後のは山田風太郎原作の忍法もの、などときくだけで好奇心をあおられるけど、菊地秀行いわく「桜町弘子がこんなにきれいだった映画もない」そうで。ぜひぜひみたい。
抜き書きすると。「オカラのだんな」こと、近衛十四郎の殺陣のすばらしさ。彼と双璧をなす、トンボも切れる若山富三郎(ちなみに昨日、KBS京都の「中島貞夫の邦画指定席」で放送していた『賞金首 一瞬八人斬り』でも、中島サディー評するところの「脂ぎった」身体でみごと宙返りし、悪漢役の天知茂をやっつけていた)。昔なら『たそがれ清兵衛』レベルの映画は大騒ぎしなくても作れた。アラカンいわく、大河内伝次郎は、近眼なのに本身で斬りかかってくるから怖くて仕方なかったらしい。丹下左膳は、最初に演じた団徳磨以外、みんな左手で抜けないから右腰。任侠ものは「ドス持った」時代劇。女優では高千穂ひづる、桜町弘子が人気。
ついでに現在、時代劇が衰退した理由をあげて嘆く。川本三郎の、「日本映画を取り巻く状況の一番よくないのは女性がものすごく増えたこと」てな発言には驚いた。続けていうに、女性は時代劇や西部劇に偏見をもっているし、いまの映画は女性誌に紹介されないと当たらないため、女性におもねることで時代劇が作られにくくなっている、こうなれば、チャンバラは「消えゆく男の文化」なのだと居直るのもありだ、と。この発言が的確かどうかは、最後の座頭市』の成功にかかっている。多分。せめて年に一本、『たそがれ清兵衛』クラスの時代劇を作ってほしい、という「ささやかな願い」がせつない。
各論もタメになります。
映画草創期から現在までの時代劇をざっとふりかえる「チャンバラスター興亡史」。「時代劇と西部劇」の差異。『沓掛時次郎 遊興一匹』『座頭市』などの「股旅ものの魅力」。結束信二脚本・栗塚旭主演の新選組ドラマ、また歴代のNHK大河ドラマについて。
忠臣蔵から集団抗争時代劇」では、主に東映の時代劇、『十三人の刺客』や近衛十四郎主演の『柳生武芸帳』シリーズをとりあげる。反権力志向を内包しており、スター・システムを壊したと喧伝された『十三人の刺客』だが、実は片岡千恵蔵という大物をトップに据えた、既存のピラミッド構造でできている。千恵蔵の下には、里見浩太郎山城新伍といった東映らしい序列を整え、相手役には、外部から内田良平をもってくるような配慮のうえにある、これは「スター・システム以外の何物でもない」と喝破。また、『柳生武芸帳』は、集団抗争時代劇のさまざまな試行錯誤をよそに、時代劇の真髄は一対一の対決にあることを証明してみせた。そして、それを極めたのが「外様」近衛と、「中堅」大友柳太朗だったことに、東映スター・システムの限界をみる。この縄田一男の論考と、歴代スターの個性をきわだたせた永田哲朗の「興亡史」が読みごたえあります。
ちなみに。『座頭市』の逆手斬りの元祖が近衛であり、「両手とも逆手で、同時に斬るから凄い」というのを読んで、想像がつかんので、小学生のころ剣道教室に通っていたダンナに教えをこうと、いまだに持ってる竹刀を取りだし、狭っ苦しい部屋で実演・講釈してくれて、ようやく「オカラのだんな」は、ただのオカラ好きな狂人ではないのだと知りました……とりあえず時専chで『花山大吉』みて出直します。

時代劇(チャンバラ)への招待 (PHPエル新書)

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