中原昌也『名もなき孤児たちの墓』を戸外で読むのは恥ずかしい。笑いを堪えかね、いちいち吹き出してしまうので。

「近い将来、文芸書などの書籍はトイレットペーパーに印刷されて発売される。活字は、もちろん素人女性を含む全裸女性の文字フォントによる印字」
(『彼女たちの事情など知ったことか』)

「この冬の寒さは相当なものであったから、一月の厳しさは容易に前年から予想ができた。/それが徐々におだやかな気候へと移り変わり、いつもと同じように過ごしやすい春が来た。/しばらくすると梅雨になり、不快な空気に慣れるようになった頃、夏がやって来た。」
(『美容室「ペッサ」』)

「その頃、世界のどこかで、石畳の上に規則正しく配置された赤ん坊たちを、ブルドーザーが無情に踏み潰していたのだった。」
(『ドキュメント 授乳』)

読書でこんなに笑ってよいものだろうかと不安になるが、胸を切なくする、感動的な記述もあるから侮れない。

「僕本人はまったく読者に伝えたいことなど持ってはいないし、見ず知らずの人と何かを共有する気分に浸るなど、どうしても薄ら寒いことに思えてならない。無理に探して何かあるとすれば、せいぜい無様なまでに才能のない、しかも、滑稽なことに少しでも才能らしきものがあるフリを演じなければならない自分の惨めさくらいか。/何の目的もなく垂れ流される孤児のような言葉たちに、僕がしてやれる唯一の優しさは、彼らの持っている意味を、可能な限り軽くしてやることだけだ。/しかしそれは、まだ名前を持っていない存在なのだから、堕胎しても悲しくないだろう、というのと同じ考えのような気もしてきたのだが」
(『名もなき孤児たちの墓』)